本会の来日25周年記念を迎えて 第一次世界大戦が世界宣教を使命とする本会に与えた打撃の大きさは計り知れないものがありました。終戦後、サン・ミシェル会長はこの大戦で破壊された修道院や関連施設の建物の修復と会員の病気回…
FMM日本管区の歩み-35
札幌天使病院には、創設以来、親の入院や病死のために行き場のない子どもたちや、貧しい開拓民の子どもたちを引き取って世話をする場所がつくられていました。それが1923年に起きた関東大震災後に引き取った被災者の子どもたちの増加…
FMM日本管区の歩み-34
北広島修道院のはじめ - 札幌修道院の分院として 1928年 (昭和3年) 8月16日、病院の落成式2週間前に、札幌修道院から派遣されてきた2名のシスタ-は、数名のオブラ-ト志願者と一緒に、病院内で共同体の生活を始めま…
FMM日本管区の歩み-33
開拓村・北広島への浸透 ~ 札幌の新しい宣教分野 ~ 1927年 (昭和2年)、札幌修道院の地域社会への目覚しい浸透は、豪雪と原生林に埋もれた北広島の開拓村へ広がっていきました。ここに、早々と主のぶどう畑がつくられてい…
FMM日本管区の歩み-32
天使院印刷所の開設と出版活動 図らずも、日本にはまだカトリックの印刷所がない時代に、生前創立者が切に望んでいた宣教地における出版活動が、北国の札幌で…
FMM日本管区の歩み-31
1925年 (大正14年) 11月7日にオブラ-トの修練院が札幌に開設されて以来オブラ-トの修練者たちは、フランシスコ会キノルド司教の大きな支持を受けながら宣教者としての堅固な養成を受け、オブラ-トの誓願を立てていました…
オブラ-ト修練院の開設
1925年 (大正14年) 12月8日、無原罪の聖母の祝日に、オラトワ-ルに集まった4名の志願者は、キノルド司教より志願者用のベ-ルを受け、修練長のMアポリナリアのもとで 修練院の生活を始めました。4名とも入会前に看護婦…
FMM日本管区の歩み-30
オブラート修道院の開設 1925年 (大正14年) 12月8日、無原罪の聖母の祝日に、オラトワ-ルに集まった4名の志願者は、キノルド司教より志願者用のベ-ルを受け、修練長のMアポリナリアのもとで 修練院の生活を始めました…
FMM日本管区の歩み-29
日本のFMMは、次の総会が開かれる1926年、つまり大正時代の終わりまで引き続き北イタリア、上海、フィリッピンと同じ「無原罪の聖母」管区に属し、ステファニ管区長のもとで 総会後の新しい路線に沿って再出発しました。管区長は…
FMM日本管区の歩み-28
1914年に起きた史上最初の超国際的な世界規模の大戦争となった第一次世界大戦は、1918年11月に漸く終結しましたが、この4年間に900万人以上の戦死者を出したと言われています。欧州大陸を舞台として世界中を巻き込んだこの…