マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本管区

どうしてFMMに? Sr. 金澤 景子の巻

*まずご家族についてお話ししてください。

私は両親と姉、兄、私の5人家族です。父は学生時代に東京のフランシスコ会の教会で受洗しました。その後カテキスタ学院で勉強してから、フランシスコ会の宣教師といっしょに栃木の教会で働いたそうです。母方の祖母は幼児洗礼でしたが、祖父が信者ではなかったので、結婚してから教会にはまったく行かなかったらしく、母が大人になって洗礼を受けたいと話した時、祖母は「私も信者よ」と初めて言ったそうです。

母は幼稚園の先生として名古屋の修道会が経営する幼稚園で働いていましたが、転勤で栃木のフランシスコ会の幼稚園に移り、そこで父と出会い結婚しました。それから両親は軽井沢に移って、父は聖パウロ教会のカテキスタとして働き、姉と兄が誕生しました。その後高崎に引っ越して私が生まれましたが、今度は母の転勤で佐久の幼稚園に移りました。

子供たちは3人とも幼児洗礼です。洗礼式佐久では、父は幼稚園の事務長と教会のカテキスタとして働き、母は幼稚園の主任をしていましたが、私が小2になる時にまた高崎に戻りました。それ以後、父は会社勤めになりましたが、教会の色々な活動に参加していたので、残業もしないで家に帰ってきては、週に何回も教会に行く日々でした。という訳で私は入会するまでどこに行ってもフランシスコ会の教会にいましたので、神父様というのはみんなあの茶色いフードつきの修道服を着ているものだと勝手に思い込んでいたくらいですっ。幼い頃から私にとって教会はもうひとつの家のようでした。

*本会との出会いはどのようにして? 

私が就職してしばらくした頃、フランシスコ会の若い神父様が高崎教会に助任司祭として赴任してこられ、「青年会をつくろう」と呼びかけて若い人たちを集めることになり、もちろん私も参加しました。それがほんとうに楽しくて楽しくて!! 水曜日の夜は聖書の勉強会、土曜日は教会学校のリーダー、日曜日はミサと、週の半分は教会にいて、青年会の仲間達と一緒に飲みに行ったり、旅行をしたり…。

そんな時、初夏の頃「横浜の戸塚というところで召命黙想会というのがあるから行ってみないか」と神父様から誘われたのです。実のところは神父様が指導を頼まれていて、参加者が少ないからという理由だったようですが…。そこで初めて「マリアの宣教者フランシスコ修道会」という修道会が前橋にもあることを知り、またこの会は「どんな仕事でもよろずひきうけるんです。」と言われ、特別の資格など何も持っていなかった私には、不思議と心に残った言葉でした。その後、秋にも黙想会があるからと案内が届き、私はひとりで参加しました。

その時は戸塚の黙想研修の家が工事中だったので、鎌倉の十二所の黙想の家で個人同伴の形で行われ、一人のシスターが私の祈りの同伴をしてくださいました。

私は20代半ばになっていましたが、同年代の友人達と比べて、社会的な経験も浅く、大きな痛みの体験もなく、なんとなく人間としてあまり成長していないように感じていました。他人との比較によって自分を振り返ってばかりいた私に、そのシスターは「あなたは両方の手が空いているのなら、誰か他の人の重荷も担ってあげることができるじゃない。それはすばらしい恵みだと思うわよ!」と言ってくださったんです。とても新鮮で心に深く落ちた言葉でした。それから1~2年かかわりを続けて行くうちに、ここなら私でも何か神様の道具として使ってもらえるんじゃないかと思うようになり、悩んでいても仕方がないのでとにかくやってみようと心を決めて、「アスピラントになりたいと思っています。」と率直に伝えました。その後、勤めていた仕事をすぐにやめられなかったので、他の二人のアスピラント仲間達から数カ月遅れて戸塚に移りました。

*ご両親の反応はどうでしたか。

父は姪がすでに他の修道会に入っていたので、私などに務まるかどうか心配していましたが、いつもロザリオを片手に散歩に出かける姿をみていて「祈ってくれているんだなぁ」と思っていました。母はうすうす感じ取っていたようです。母自身も昔一度は考えたことがあった道でしたから。

*FMMに入会してからはどんな生活でしたか。

他に2人のアスピラントといっしょに生活を始めましたが、何をするのも3人一緒で心強かったし、楽しかったですね。修練期の頃には、ミサの準備などの仕事があるのですが、とにかく早起きが苦手な私にはかなり緊張でした。自分が鳴らすはずの「お告げの鐘」で目が覚め、血の気がひく思いをしたことも数回…。でもそんな時も、“おばばさま”と呼ばれていた係りのシスターは「心配することなか!あなたが寝坊して来なければ私がやるからっ」とやさしい言葉をかけてくださり、召命がないんじゃないかと落ち込む私に「心配せんでも70歳過ぎれば朝早く起きられるようになる!」と励まして?くださいました。今では良い思い出です。

入会前に出逢ったみことばは「狭い門から入りなさい」でしたが、志願、修練へと進んでいく中では、ほんとうに自分に修道召命があるんだろうか、「狭い門」は別にあって何か他の事から逃げているんじゃないのか…と悩む時もありましたが、ある神父様が言って下さった「間違っているかもしれないと思いながら選びなさい。間違いないと思うのならば信仰は必要ない、間違いたくないからと選ぶことができないのなら、一歩も前に進めない。」という言葉がいつも背中を押してきてくれたように思います。

そして、日々の生活や黙想の時を通して、私にとって「狭い門」が何かということより、神様が招いてくださっている「狭い門」は、あれもこれもと自分の大切なものを抱えたままでは入ることができないんだということに気がつかされていきました。

もしすべてが私のひとりよがりだったのなら、神様がきっと教えてくださるのだろうと思いつつ、気がついたらまだここにいます!

*今 ご自分の修道生活を振りかえってどんなことを思われますか。

いまの自分の生活は、入会前に想像していた修道生活とはだいぶちがいますけど、振り返ってみると、その時、その時、神様が準備してくださったことを、迷いながら私も選んで、ついてきた日々だったなと思うし、だからこそ今まで続けてこられたんだと、つくづく感じています。私の望みや私の計画を追求していたら、きっとすぐにもろくも崩壊してしまったに違いないでしょうから!

私のそういう弱さや足りなさをすべてご存知の神様が、どれほど忍耐強く今日まで導いてきてくださったか。家族をはじめ、私のために神様の良き道具となって下さった神父様、友人達、姉妹達の祈りに支えられて歩んでこられたことに心から感謝しています。そして、これからも、いつでもどこでも御手の中を旅していることに信頼して、この歩みを続けて行きたいと願っています。

 

これからも若い方々に ご自分の体験を通して確信された神の想い、神の姿を
生き生きと伝えていってください。ありがとうございました。