マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本管区

FMM日本管区の歩み-41(続き)

聖心聖マルグリット会「恵老院」の経営受諾

シャンボン大司教が本会に引き受けてほしいと要請した「恵老院」は、1922年(大正11) 319日に山本千代子夫人を会長とする麻布カトリック婦人会「聖心聖マルグリット会」が大森の小さな借家から始めた老人施設ですが、寄る辺がなく助けを求める老人が増える度に大きな借家を求めて転々と移動していました。婦人会は多数収容可能な養老院にするため最初から敷地購入していましたが、1923年に起きた関東大震災でこの計画を中断せざるを得なくなりました。ところがこの大震災で寄る辺のない老人が急増したためにこの種の事業は緊急を要すると思い、急遽会員たちは慈善音楽会やバザ-を開き、1924年にその純益金でこの事業を白金町に再設立しました。更に、1926年には10名収容の養老院を西大窪に開いて老人をそこに移しました。この婦人会の維持経営は会員の会費と布施、篤志家の寄付金、年一回の慈善音楽会やバザ-の純益金だけに依存していたので経済的に保証がない上、養老院が借家住まいのために収容所の保証もありませんでした。しかもごく少数の老人しか収容できないため、多数の入院希望者を断わらざるを得ない状況でした。従って、婦人会は経済的基礎を確立した上で、できることなら世界的に有名な養老事業団体にそこの経営一切を引き渡す希望を抱いていたのです。

シャンボン大司教は教区に一つしかないこの老人施設を継続するためにこれを本会に引き受けてほしいとM.クリゾストムを通して会長に要請していましたが、待望の返事が524日にMサン・ミッシェルから札幌滞在中の管区長に「東京老人ホ-ムを受諾せよ」と、電報で届きました。
即刻、管区長は大司教に手紙で次のように報告しています。

老人ホ-ムの件について会長からこの事業の受諾を知らせる電報が届きました。山本夫人(山本信次郎夫人で麻布カトリック婦人会会長)とこの事業に関係のあるご婦人方にお知らせくださいませんでしょうか。これはもう一つの大事な(病院)事業の実現に向かう第一歩です。

M.クリゾストムが設立準備のために在京したのは わずか2週間足らずでした。最初の一週間はシャンボン大司教と戸塚師の案内で病院候補地を数か所見て回り、最後の一週間は土地の購入と代金支払いの方法などについて大司教と具体的に打ち合わせをしています。