マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本管区

ハンガリー

第2次世界大戦後、それ以前はキリスト教国であった東ヨーロッパが、半世紀近く共産圏の鉄のカーテンの向こう側になって、FMMのシスターたちも創立の頃から派遣していたシスターたちが誰もいなくなっていました。それから40年近く過ぎ、その鉄のカーテンが崩れ落ちて、FMMが自由になったハンガリーの首都ブダペストに入ったのは1990年のことでした。ヘルミナ通りにあるFMMの教会の美しいフレスコ画とその汚れたベンチは、40年にわたるコミュニストの独裁政治の血みどろの物語を対照的に示していました。

それ以来16年が経ちました。今、ハンガリーにいる私たちFMMはゆっくりとした、しかも簡単にはいかないこの国の教会の精神的な復興のお手伝いをし、それを見守るという恵みが与えられています。この国にもどることができたという最初のしあわせな時期は終わりました。再び自由を与えられた喜びの中で、自動的に国はもとのようになり、すべてが変わっていくだろうと考えられていました。ところが、今のところ、そのようなことは起こっていません。40年の間に蒔かれた種は今大きくなり、その結果、家庭破壊、召命不足、道徳的に退廃した社会といった惨事を産み出しています。

私たちはこの国に再び来て16年という短い年月の間、教会の一般信者たちの役割を強化する方向に向けて働いてきました。この国のキリスト教の未来はこれらの人々の祈り、犠牲、神への信仰を子供たちに伝えていくこと、家庭生活の大切さ、神に奉献された生活など…. にかかっています。それは本当に長い道のりですが、私たちにとってもこの成長の時期は、毎日の生活の中で実り豊かで楽しい体験の時です。

毎日曜日の朝になると、私たちの教会は元気な若者たちや結婚したカップルとその子供たちが、まるで神の王冠から輝き出る色とりどりの光のように祭壇の周りに集まります。聖体祭儀の後、皆はシスターたちと一緒にアガペ(宴)を祝うために集まります。また、週間には祈り、霊的分かち合いなどのために幾つかのグループがそれぞれ私たちの家にやってきます。両親たち、貧しい、ホームレスの人々は心からの信頼をもって神を捜し求めている人たちです。彼らは神の恵みを自分たちとその家族の上に願い求めています。私たちは小さな子供たちが秘跡を受ける準備を手伝い、若者が望むもっと深い祈りにも同伴します。

実際、ハンガリーでは極度に司祭が不足していますが、私たちの教会は他の国から宣教に来られた司祭たちの寛大な助けのお蔭で毎日ミサ聖祭があるという恵みをいただいています。私たちの教会では色々の国からの神父様によるミサですから、人々はこれら宣教者の神父様のおぼつかないハンガリー語のミサに慣れてきました。異なった国からの司祭に触れることで、教会の普遍性やその宣教の特徴に私たち皆を開いてくれます。

ハンガリー人たちは本来宗教的で、人々に対して開放的ですが、それを私たちはいろいろな面で体験します。信者たちは教会の美しい典礼に気を配り、あらゆる種類のヴォランティアの仕事や、修道院の高齢のシスターたちのお世話といった差し迫ったことを手伝ってくださいます。修道院の春の大掃除に30人ほどの方たちが家中を掃除してくださるのがしきたりになってしまいました。掃除は床や家具だけでなく、窓など全部が含まれており、終わったあとには皆でゆったりと食事をいただきます。他者を助ける事はまた、他者からの助けを受けることで、私たちの場合、それは大きな祝福なのだということを学びます。出会いがどんなに短くても、誰かに会うことで、それがみことばを分かち合うことにつながり、祝福になるのです。信者や友人たちが私たちから期待しているのはそれだけです。彼らは私たちから、私たちの中に、また、私たちを通して神との出会いを捜し求めているのです

私たちの開かれた心、修道院や教会を通して、また、祈りや高齢者のシスターたちの犠牲を通して、この国の霊的刷新が行なわれるようにと主に祈っています。今年はハンガリーの霊的刷新に捧げられた年ですから、特にそれを熱心に祈っています。