『ザ・メッセージ』(海外短信) (敬称略)
『ECHO』(敬称略)(鎌倉・雪の下教会・近藤雅広神父・信者一同)
(東京・ナミュール・ノートルダム修道女会管区長・本郷佳子)
(宝塚・ショファイユの幼きイエズス修道会・内田マリ子)
(大阪・浜寺教会中高校生)
寄稿
『ザイールの身心障害の子ども達』東京・カトリック瀬田教会 菅波昭子
「海外宣教者を支援する会」からのご提案で、私どもの教会(東京・瀬田)にシスター中村寛子(マリアの宣教者フランシスコ修道会 )をお迎えして、お話しを伺いました。
「ザイールの身心障害の子供たちとともに」と題してのお話ですが、私たちにとって、ザイールは遠いアフリカの未知の国です。 シスターは地図を書いて、ザイールという国の紹介から始められました。 ザイールという国は、中央アフリカの西部に位置し、大西洋岸には、ザイール河の河口地域だけが面するアフリカで三番日の大きな国です。シスター中村は、そのザイール河下流にあるボマという市の身心障害児センターで、四年前から働いておられます。 そこは、六歳から十八歳までの障害児のための小学校と職業訓練所で、現在、百八十人の生徒がいます。 そこでは、障害を持った人に対して、根強い因習、偏見があります。悪霊のたたりであるとか、復讐や妖妬による呪いのためとか、彼ら自身が悪魔つき魔術師のように考えられ、家庭内の不幸の原因のように見做されていました。 十五年前、今の学校が創られるきっかけとなったのは、これらの因習、偏見のため、家の中で見捨てられ、一室に閉じ込められている子どもが沢山居ることを、家庭訪問に行ったシスターたちが発見したからです。 見るに見かねて修道院の一室を提供し、それからの子ども達を保護しながら、手芸や洋裁を教えはじめたのです。 学校開設当時は、障害のある子どもを探し、親を説得して学校へ来させるために、大変、苦労されたそうです。 人目に子どもをさらすのを恐れたり、厄介者扱いで、教育など全然無関心で、考えも及ばないといった調子でした。 シスターたちは、子供たちの一人、一人を可愛がり、バスの送迎dV8にも必ず付き添い、彼らが、どんなに大切な存在であるかを示し続けられました。 今まで、家族や一般の方々の見方も変り、親自身が子どもの入学を願いに来るまでになったそうです。父兄会も自発的に発足し、学校を助けてくれるようになったのです。 なぜ、こんなに多くの障害児が存在するのかという点は、衛生状態の貧困、予防医療の不徹底等が考えられます。 聾唖児の場合は、大部分が近親結婚によるもので、ボマ市から百キロ奥地の一つの村は、殆どの人が耳が聞えないとのことです。 こんな状況の中で、学校は必要に迫られ、どんどん大きくなって来たために、問題や課題は山積しています。 たとえば、身体障害児の手術を外国からのボランティアの整形医に頼っていて、それも、不衛生な病院で手術しなければならないこと、装具のための良い材料の入手が不可能なこと、経済的には、外国からの寄付のみに依存せざるを得ず、自立出来ないこと等々です。 でも、このザイールの国の人々は、障害児も含めて、悲惨な状態にもかかわらず、とても明るいそうです。 「そこを見習って、神様に信頼しながら、子ども達、職員と手を取り合って、少しずつ改善し、この使命を喜んで果していきたいと思っています」と、シスター中村は、お話を結ばれました。 最後に、ザイールの子どもたちが大好きな「アベ・マリア」の詩を教えていただき、皆で、一緒に歌いました。 困難な状況の.中で、明るく、全力を尽していらっしゃるシスター中村と、そのお仲間の姿を想い、歌いながら、私たちの心に深い感動と感謝が、溢れて来ました。 ザイールの国は、私たちにとって、忘れられない国と、なったようです。 会員数(個人・法人)計一七五二人 <一九九一年二月一日現在> 『新派遣宣教者ご紹介』ナミュール・ノートルダム修道女会 探堀清子 〜ジンバブエへ〜 |