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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES







『氷が溶け同じ水の流れに』

〜ブラジル〜
マリア会 青木勲



 厳しい冬の間、凍結して陸続きに見えた北極の氷の大地が、短かい夏を迎えて、大小の流氷とともに、再び北の海へと戻り、そこに生きる動植物に新しい楽園となってゆくTVドキュメントにヒントを得て考えてみました。
(帰日し)、数時間後に迫った帰伯を前にして、この九年間をふり返ってみますと、始めの頃、今まで当然至極と思っていた私なりの「価値観」「物を見る尺度」「常識」と思っていたものが、足許からじわじわと氷解して行くのを感じる怖しさと焦らだち、時にはかなり独善的、一方的批判や、非難の態度があったことを見逃せません。その後、少しずつ周囲の水に訓じみだし、流氷のように、元の大地から離れはじめられるようになりました。今では、一刻も早く解けてしまって、一緒に同じ水として流れ出したい、新しい焦らだちを感じる様になりました。
 キリストと福音に土台を置く「愛」について語るとすれば、今日、自分と出会う人一人一人を大切にし、同じ視点で、また、同じ次元で苦しみと悩み、喜びと希望を分かち合うことの出来る人間として…の関わりだと思います。「そんなことは私には出来ません」という気負った態度から「あ\いいですよ。いたしましょう」という気軽さに変るためには、氷の上からの高見の見物から、高さと堅さに溶けて、同じ水につかることが、不可欠のようです。回心とは、自分が立っている場が他の所に変る時、はじめて呼び醍まされる心の叫びのように思えます。このことを今、私が働いております南米の例で考えます時、それは、持っている者、強い者、知っている者の側から見た値打ちの判断とその尺度は、持てない者、弱く抑圧されて貧しくさせられた者、そして、知ることと参加することからしめ出されている人の側に立って考え直す時、素直に是認出来ない主張が沢山目につきます。現代人の感覚の中には、他に抜んでて、一歩でも先へという上昇と、前方への強い権力指向的傾向が、生き抜くための当然の理としてまかり通る時、他の下に、他と共に、他を支えながら生きようとする下降と協調の歩みは、非生産的と無視されがちのようです。その意味で、キリストが神の子であることを固持しようとせず、人の子、しかも罪人同然、十字架の死を通して示された神の国のための、正義とすべての人の権利と平和の復権のための謙遜な死は、現代人には余りにも強烈な「逆らいの印」であると思います。ある神学者が「罪の概念のない霊的生活はない」と言っていますが、正に、罪の根源は、私達の心に巣食うエゴイズムです。
 個人、家族、企業、国際国家と、至る所にその様相を変えて潜んでいます。しかも、教会内にも無いとは云えません。だとすれば、福音宣教とは、常に、この霊的生活の実践、現代流に表現すれば「霊の識別」を民と共に、世界の中で、し続けることだと思います。深い祈りを通して、神の愛の中に明け暮れしたキリストの愛娘、アヴィラの聖テレジアは、第一に謙遜、第二に貧しさ、そして、第三に生きた愛徳の業の実践と、キリストとの一致を道標として示しました。
 それは「キリストの観想」と「現実の社会」、とりわけそこに生きている「人間との真剣な関わり」という万人への勤めですが、私には、とりわけ、キリストを模做し、キリストを感じさせようとする、すべての宣教師の心得の必携だと思います。
 最後に、この地球上のあらゆる種類の偽りの氷塊が、キリストと人々への愛の故に溶け、一つの同じ水、正義と平和を目指す同じ流水に結ばれる日の早からんことを祈りつつ……。
一九八六・一〇・一七






『第十八回役員会報告』

 第十八回役員会が十月二十四日(金)午後六時から中央協議会々議室で開かれ、次の案件について、審議、決定した。
 新たに日本カトリック移住協議会の専務理事「海外宣教者を支援する会事務局長」となった、V・ローシャイタ神父様の開会のあいさつのあと、議事に入った。
  • 新役員の紹介=事務局長をやめられた梶川宏神父様の後任新役員として近江渉氏(成城教会)の紹介とあいさつがあった。
  • 「きずな」の発行について「きずな」16号(86年9月1日発行)は写真が少なかったが、写真は可能な限り、掲載した方がよいとの要望があった。また、地図の挿入は、地域性を理解する上で効果的との評価があった。 「きずな」17号はトップ記事を帰日された青木勲神父様に依頼した旨の報告があり、クリスマス号として、十二月一日発行の予定。
  • 援助について  「会」からの海外への援助については、活発な討論が行なわれ、次のような点が合意された。
     ○援助地や援助の種類が偏らないよう広く援助してゆく○援助に原則は設けないが、最必要とされる案件を審議対象として援助してゆく○援助は、海外に派遣されている宣教者達を対象にする○奨学金援助などの要請については、その地域の奨学金援助者に対する情報不足等もあるので、その祥細な情報と、当該教区全体に関わりがある問題なので、司教等の同意書の添付があった方がよい○財政の許す限り援助は進めるが、当面は、日本から派遣されている宣教者たちへの支援を原則とする。以上の点が合意、再確認された。(今回決定の援助内容は別稿)
  • その他=17号の発送に当って(海外への)「信徒宣教者活動促進会」発行の「信徒宣教者だより」第3号を、要請により同封発送することが了承された。






『援助内容』

 (1986年10月24日役員会決定分)
援助地援助対象者援助内容援助額備考
コロンビアSr.郷司道子(汚れなきマリア修道会)保育園,小学校,中学校用体育用具1,000ドル(約16万円)1回のみ
マダガスカルSr.中村洋子(マリアの御心会)教育用ピアノ購入代の一部300,000円一回のみ
パラグアイSr.金永松子(聖霊奉侍布教修道女会)宣教,学校教材用のコピー機械購入費500,000円
シエラレオーネSr.根岸美智子(御聖体の宣教クララ修道会)遠隔僻地への搬送用布教用車の購入代の一部800,000円
約1,760,000円






『帰国宣教者の現地報告』

 十月十四日夕、中央協議会々議室で、折から帰国中の海外宣教者、修道女たちの帰国報告が行なわれた。参加者は約三十人、報告会はまず、ローシャイ夕日本カトリック移住協議会専務理事の開会のあいさつのあと司会、「会」の服部会長があいさつし、次の方々から帰国報告が行なわれた。なお、この報告会が、日本カトリック移住協議会、海外宣教を考える会、海外宣教者を支援する会の共催で行なわれたのは、今回がはじめてである。
 帰国報告青木勲神父(ブラジル・マリア会)「九月四日で、ブラジル滞在九年となる。一番嬉しいのは、いつも「きずな」を送ってもらっていることだ。心の絆となり、生きている人に会うことは、宣教者にとっては一番嬉しいことだ。
 同じように悩み、苦しみ、なおかつ神様の御国のために働いているということが生き生きと伝わってくるニューズ、そして、多いデータに感謝している。全世界に生きて、働いている方々の、生きたニュースの感触を感じて嬉しい。毎号、会員数が増えて来ているのを見て、「日本の教会が、世界の大きな輪の中に入って飛躍しつつあるのだ」ということを痛感する。」アンドレ・尾崎神父(ブラジル・イエズス会)「毎月、移住協議会から、「カトリック生活」を送って頂いている。また、PANIB(日伯司牧協)にいろいろなお世話を受けている。私も日伯司牧協の理事を長い間勤めて来たが、その間にいろいろな面で日本の教会からのお世話になった。…最近はまた、印刷3機の購入についても、沢山の協力金を頂いた…このはか、教会建設などのためにもー。このように物質的な面でいろいろな援助を受けているが、とくにまた、お祈りによって私達は支えられているのではないかと思う。日本から白柳大司教が来られ、また、ブラジルからローシャイタ司教ら司教団が来日するなど、(これらは)日本とブラジルの教会が一緒になって、働こうということ、協力して一緒に歩むという志から生れ、(そして)祈りと霊的協力が大きな支えになっているのではないかと思う。」
 野下千年神父(長崎教区)
 七月末から八月三十一日までブラジルに行って、宣教師たちの、全国大会に与かり、八月三十一日に行なわれた日系人のための一大イベントであるアバレシーダの聖母巡礼に参加、日本教会の代表ということで、司式をさせて頂いた。主にサンパウロ、パラナ州の二州を中心に回り、日系人の状態、シスター神父様方の働きと、とくに貧しい人たちの集落を見させて頂いた。…現地で感じたこと…まず、日本のお金の価値が現地に比べ、すごく高いこと。ドルを中において比較すると、一ドル=二十三クルセード。一クルセードは、約七円。一番大きな単位の札は百クルセード=七百円に当る。しかし、この百クルセード札は物価からみると日本の一万円札に当ると思っていい。この百クルセード札八枚が向うの最低賃金となっている。つまり一カ月五六〇〇円ぐらいの給料だ。いくら最低でも、日本には五六〇〇円という給料はない。日本の一万円札の価値の大きさを感じた。…古着などについても、日本では貰ってもあまり喜ばれない。けれども向うでは、それが有効に生かされていることを、随所で見せられた。…日本のものとなると、日本人でも列を作って買いたいという程の人気がある。…ある託児所で、シスターから、「これ、何だと思いますか?」と問われたが分らない…それはストッキングの古いので、これを細かく切って縫いつけ、古毛布みたいにして子供たちのフトンや、マットになるのだという。…また、ある託児所では、子供たちがシャれた制服のようなものを着ている…それはある銀行の制服のリフォームだった。…貧しい人たちの居る所ではトイレットペーパーが用意してあるが、流さずに大きなポリ容器の中に入れる。紙質が悪く、水に溶けないからだ。それをゴミに出すと、貧しい人たちがそれを持って行く…それをもう一度洗濯して使うというのです。ある神父は小教区同士で姉妹教区縁組のようなものを結んで貰えないか…と話していた。
 シスター田中綾子(ブラジル・長崎純心聖母会)
 六年前に純心聖母会が、はじめてブラジルに支部を作るということで佐々木神父様(横浜教区)、マルゴット神父様(スクート会)のお手伝いをするために、六人でブラジルに行った。そして、三人ずつに分れて仕事に当って来た。そのあと二年して、PANIBのはからいもあって、クリスチーバという日本人の多い所で、日本語学校、幼稚園の仕事をしている。…六年ぶりに帰ってみて、姉妹たち、移住協の方々、「きずな」…で私たちを支援して下さる方に、本当に御礼申上げたい…いま、皆様のなさっている支援が、宣教者達の心の励みとなっていることをお伝えしたい。
 シスター金永松子(パラグアイ・聖霊奉侍布教修道女会)
 「私は韓国人として満州(注‥現・中国東北地区)で生れ、二十歳で日本に来て…その後パラグアイに派遣されて二十年になる。
 ブラジルにはよく訪問があるが、パラグアイにはあまり訪問がな4い。一度、日本から…古着を持って行って、家庭訪問の時、それを持っていったら家人が抱きついて泣いた。「誰も日本から来たものを薫ったことがない。シスターは古着まで持って会いに来てくれた」と泣いて喜んでくれた…(貧しかった)その人たちが成功して、私が訪問すると「今までの生活から立ち上れたのも、皆のお蔭だ」と、私が行くと必らず旅費をくれる。しかし、それは旅費以上の、(金額)ものだ。「かえって悪かったね」と云うと「そうじゃない。あの困った時に貴女が私を助けてくれたのだから……」と喜んでくれる…日本からの古着はとくに喜ばれている、バザーなどやる時にも…日本の品物があるとなると、バザーは日本人が我れ先に買いに来ます…古着についての御支援を」
 シスター平尾道子(ペルー・聖心会)
 私の居るコミュニティーは日本人は一人で、他は殆どがペルー人、国立の学校の手伝いをする(とともに)、老人、病人などへの個人訪問などしているが「きずな」を頂くたびに、派遣された私l人ではなくて、沢山の方が関心を持って下さっているのだという心強さをいつも感じている…私の教えている国立の学校は、殆ど貧しい人たちで…抜くらいは、なんとか生活出来ているが残りの%は要援助のリストに入っている…その中でも%が‥生きて行けるかどうか分らない、食べられない地域から…の生徒だ、数が限られているので、下の方から、朝食の援助をしていた。……とにかく食べるものと薬があまり高くて、若い生徒の中に結核(患者)が沢山いるが診断されても薬がなく大変困っている。……ある家族、一家に九人の子供が居て、父は貧しさ故の盗みで刑務所、母は朝早くから深夜まで仕事。一番下の子が小児マヒで入院させなければならないが、母親がいない…(そんな時)三千円の援助があり…助けてよじらった…学校でも…教科書なしで授業をしなければならない…最少限の教材をタイプで打って…刷って…授業した。どうしても必要なものは一クラスで買って、五クラスに回すという教科もある。
 …食べるもの、薬もなくてビデオなど、飛びこえたあまりにもチグハグなことと思われるかもしれないが、移住協にお願いし(たところ)、大きな出費を認めて頂き…教育のためにどんなに助かり…機械の管理も、五、六人の生徒、先生がンーツと運ぶというようにして、気をつかい大変喜んでよく利用されている。…古着なども、咽喉から手が出る程、頂きたいのは山々だが、税金が高く、何か良い手段があればよいが…結局は金がないので受取れない…私の教えていた生徒たちでも少なく見積って1/3、多くて1/2ぐらいの父親が蒸発している。
 国全体の貧しさと失業が多い、その三重(苦)のところで教会が関わっているという実情を少しでも分って頂きたい…物質も、すぐ要るので有難いが、もう一つ、自立してゆく、この人たちが自分の力で自分に目覚めて行く道を教会が探し求めている…という感じかします。(そこに)、お互いが、国境もなく結び合っていく「きずな」「広い拡がり」が必要なのではないかと思う。」
 シスター谷口和子(ブルキナ・ファソ・マリアの宣教者フランシスコ修道会)
 いま、南米の宣教者たちのお話しを聞いて、アフリカはもっと貧しいと思った。…アフリカの貧しさの原因は、砂漠化によって雨が降らず、水に困っていること、教育程度が低いこと、二五〇〇もの言語が…国民の一致を作り上げる上での難しさ…など挙げられる。
 アフリカが本当に豊かになって行くために、アフリカの人たちが本当に必要とする物を送ってあげることは必要だが…もっと勉強してアフリカを理解することが大切ではないかと思う。…アフリカを理解し、アフリカの根本的な自立のための協力も…同時にされなければならない…物質的な援助といっても……(たヾ)物を送ればいいというはど簡単なことではないと思う…ある司教は貧しい人々に物を施すことに反対だった…それは物を与えることによって、貧しい人たちの働こうとする意欲を失わせてしまう怖れがあるからだ。
 でも、本当に今日食べることの出来ない人たちに物をあげている、裸の人たちに着物をあげる……いろいろ分らないことが沢山ある…講演会は、このあと報告者たちにいろいろ質問が飛び、活発な質疑が繰りひろげられた。