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KIZUNA 日本カトリック海外宣教者を支援する会 JAPAN CATHOLIC ASSICIATION FOR AID TO OVERSEAS MISSIONARIES





『南米』

ペルー ブラジル パラグアイ ペルー





『雨天遊び場建設に、州の援助』

〜ブラジル〜
長崎純心聖母会 堂囲みつ子
 5月にお便りしてから、いろんなことがありました。
 老人の家の屋根の修理と子どもたちの雨天遊び場に州政府から、二三、〇〇〇ドル下りました。屋根は一週間ほどで替えましたが、あちこと修理してもらって住みやすくなりました。これで、もう雨が降っても大丈夫です。雨が降るたびに心が痛みました。
 雨天遊び場は、お金が来たので、それとばかりに材料(砂、石、瓦、セメント等)を買いました。ところが、セントロ・コムニターリオに土地がないことが分かり、地権捜しと州政府との対応に、胃が痛くなるはどでした。セントロ・コムニターリオのある土地は、教区の土地なのです。幸いに司教様は理解のある方ですから、私たちに快く協力して下さいました。州政府は土地をセントロ・コムニターリオに寄付しなければ、お金は使えないとの返事。
……三週間ほど頑張りましたが、寄付のためには定款を替えたり、顧問会や臨時総会などを開いて、それを新聞に載せて登記所に登録したり、また、そのためには、もらったお金の半分ほどかかります。
それで、もう一度力のある方にお願いして、司教様の許可書で、なんとか出来ないものかを頼みました。そして0・K。
 9月に第一回暗唱大会をしました。5つのカテゴリーに分けて、3位までメダルを準備しました。……私たちはメダルより学用品をあげたかったのですが、子供たちには、やはりメダルが一番良かったみたいです。長崎の十八銀行からたくさん寄付を頂きました。
 タイプライターを四台買いました。小学生が一週間に二回練習しています。とても喜んで、自分の番を待っています。東京純心学固から制服と学用品、同学園マリア会からもたくさん寄付が届きました。大切に使わせて頂きます。
 アモレイラの教会に青年グループが誕生しました。早速いろいろ手伝いをお願いしています。……子供の日、……セントロ・コムニターリオの中で、魚釣り、缶あて、びっくり箱等で遊びました。三百名ほど参加しました。青年たちと働くのは気持ちがいいものです。セントロ・コムニターリオの子供達は、子供の日の前日、近くの農場ヘビクエックへ出掛けました。バス二台に詰め込んで、一日中遊んで、帰りには小学生にカバンのプレゼント。……クリスマスには、全員に靴をプレゼント出来そうです。
 一カ月ほどすると雨天遊び場が完成します。司教様にお願いして、感謝のミサを計画しています。本当にたくさんの方々の暖かい援助とお祈りに助けられています。






『悪路も平気、よく働く車…』

宮崎カリタス修道女会 田河縁
…たっぷり降った雨のお蔭で、草原も緑を取り戻し、美しい風景を見せてくれます。ただいま私はパラナに来ています。
 日本の教会からいただいた車は、どんなでこぼこ道でも、坂でも平気で走りますので、ちょっとも心配いりません。坐り心地も上等です。どんなに長く乗っても、お尻も痛くなりません。
 二日間、家庭訪問をしました。この車に乗せてもらいました。
 昨年と雲泥の差に感謝でいっぱいです。
 日本の教会の皆様の、善意のご協力で、こんなに快適に布教できるとは…。2人のシスターたちも元気で頑張っています。もう一万キロを突破しました。本当よく働いてくれています。








『アスファルト道路、やっと7K完成』

〜パラグアイ〜
聖霊奉侍布教修道女会 林静子
…二、三日前に、エンカルナシオンの税関で、三月にお送り下さいました中古衣類の入った小包郵便を確かに受け取りました。…中に、絆創膏の箱も入れて下さって、ありがとうございました。幼稚園の子供達は、よく怪我をしますので、大変助かりました。
…私たちのコロニアも、ポッポッと、アスファルト道路の工事が進んでおります。7kmぐらい出来上りました。雨が降ると工事が中止になりますので、予定通りにはなかなか進みません。この道路工事に働く人は、殆どカトリック信者ですから、私達の共同体のエルマナ達は、その人達の住んでいる所に出掛けて行って集会を開いたり、神父様も御ミサを捧げて居ります。
…品田神父様の78歳のお母様も、5月にパラグアイにおいでになり、わたしたちの所にも一泊していかれました。ご子息が管区長の職についておられるので、お母様も、あちこち、支部の視察に同行されました。
 お暇がないので、結局、運転台の横の席でお話ししながら旅行されました。ともかく広いし、道もよくない所が多いので、さぞ、お疲れになったことと思います。
…今日(6月8日)、中国の北部で核実験が実施されたというニュースが入りました。シスター・チタ(金永)のご兄弟達からも、天安門事件があった頃から、何の音沙汰もなくなりました。生きているのか、死んでいるかも分からない状態でございます。






『ブラジルを引き揚げ』

コングレガシオン・ド・ノートルダム 渡辺もと子
…8月15日、ピラポに日本の佐藤敬一司教様とX・ローシャイタ神父様がご訪問なさり大喜び。大感謝の聖母被昇天の祭日になりました。多くの一世の日本人信者さん達、3人のシスターに加えて、川向う隣国アルゼンチンの、ビラポに比較的近いミッショナリー区の日本、日系信者さん達が、ささやかですが歓迎に集まり、9時30分からのミサとその後の懇親昼食会、本当に嬉しいことです。
 北島神父様(神言会)が、アルゼンチンの兄弟を引率して来て下さりミ、サで、フォークのギター伴奏、キーボード伴奏もして下さいました。
…もうご存知でしょうが、8月末にブラジルを引揚げ、調布に帰ります。…シスターが一人になり、独りで生活するのが困難になったためのようです。…こちらの信者さん遠からも、他のシスターを派遣して下さるよう頼まれておりましたが…。
 日本人信徒たちは、言葉などの関係で、どうしても、お通夜、埋葬、周忌などには、シスターが呼ばれます。また、初聖体、洗礼、堅信などの進T僻も、シスターの仕事です。シスターが本当に必要なピラポです。






『馬と徒歩で11時間〜アンデスの宣教』

〜ペルー〜
ショファイユの幼きイエズス修道会 松本公子
…6年前、初めてペルーに出発して以来、ずっと、クスコ県内の、ウルバンパ市で生活しています。
 私たちの会、ショファイユの幼きイエズス修道会(旧サンモール会)が、ペルーで働きはじめて30年になります。16年前からは、クスコ県・キスビカンチス市のオコンガテ村に住みながら、3人(時には2人)のシスター達が働いています。オコンガテ村は、海抜三六〇〇メートルの山脈地帯にある小さな村で、クスコの南西に位置しています。クスコ市からは一二五キロの距離にあり、ケチェア語を話す山村地帯です。
 一九七七年以来、このオコンガテで、イエズス会の司祭方と協力しながら働いています。
 私たちは子どもたちと小学校で、農業指導、保健衛生指導、カテケシス(公教要理)を通して働いています。
 私たちの仕事は、点在する農山村(各山村は、それぞれ50キロメートル離れています)を絶えず往き来することが多く、小型トラックは不可欠の道具です。(私も)オコンガテ村には2年前、一カ月余り滞在しました。帰りには道路の状態が悪く、馬で5時間、徒歩で6時間かかって(通常、車なら4時間)下山しました。
 景色は美しいのですが(宣教には)道路状態の悪い山々を越えなければなりません。目的地になかなか辿りつけないことも度々ですし、泥沼に車が入り込むと、脱け出すのに8時間もかかります。
 四〇〇〇メートル以上の高地に住む困難さは、まず、子供たちが蒙ります。食糧の生産が僅かであることは、子ども連の栄養失調の率を高めています。アンデス高山地帯の多くの地域では、80%以上の子どもたちが栄養失調の状態にあります(が)、オコンガテ村で勉強する子どもたちは、教区の食堂を利用できる恩恵に浴します。
 彼らの唯一の料理はじやがいも≠ナ、他の生産物で補うよう努めています。学校の温室栽培は、子どもたちの食事を補給していますが、ここでは、自分達自身の共同休での、将来の技術伝達者の育成も行なわれています。
農村の子どもたちの最大の困難は、自分たちの独自の言語で勉強できないことです。教区でも、優先的に言語、アンデス文化の保護、向上に努めていますが、一〇〇人の子ども達が勉強に寄せる関心は、乗り越えなければならない困難にもかかわらず、とても大きなものです。



アウサンガテ山(高度6,384m)の麓に住む子供達
アウサンガテ山(高度6,384m)の麓に住む子供達






『貧しい人々のための診療所』

天使の聖母宣教修道女会 杉山あさ子
 私達の修道会は、カナダに本部を置き、ペルーには3カ所の修道院があり、私はその一つの、リマ市郊外の貧しい人々が住む地域といわれているコマス区に、3年前から、修道院の責任者として、また、地域の病人訪問の仕事をしています。私達の姉妹たちは、貧しい人々への奉仕として診療所で働いています。コスマ区の人口は40万人余り、病院は、昔、結核病棟だったものが、総合病院となり、…あとは、診療所が地域の医療活動に当たっていますが、千差万別です。私どもの診療所も、34年前は、砂漠だった所に少しつつ建てられていった古い建物の中で、精一杯の医療奉仕をしていますが、どうしても、医療機器を少しつつ新しいものにしていかなければならない時期に来ているようです。
 先日、貧しい人々のため、診療所で働く姉妹達の記事がペルーの有力紙「EL.COMERCIO」(7月14日付)に載りましたので、ご参考までに…。


 「ある貧しい人々のための診療所」〜リマ郊外のツウ・パカマル環線道路11キロメートルの所に、小教区所属の平和の元后″診療所があり、一九六二年から、貧しい地域の人々のために奉仕している。現在、天使の聖母宣教修道女会のシスター・ノラ・フロトレス(ペルー人看護婦)が責任者として、また、カナダ人のシスター・エレナ・オデットが働いている。この診療所は、彼女らと神の摂理によって運営されていると言えるはど、質素に生活している。というよりも、殆ど、限界以上のことをしている。早く云えば、10人の医師と1人の検査技師、職員、準看護婦ら18人。信じられないようなことは、一般診察料3ソーレス(1ドル=2.4ソーレス)、専門科2.5ソーレス、それは殆ど無料に近いと云える。ちなみに、近くの3動物病院の診療科は5ソーレスである。毎日、一八〇〜二〇〇人の患者があるが、それは、検査室、レントゲンとか、薬局に来る人を除いてである。それで得ている収入は毎日ほゞ二〇、〇〇〇ソーレス。が、その収入の半分以上は、薬品のために使われている。それにもかかわらず、専門医、放射線医師のアマロ医師は、この診療所で奉仕している。そして、彼は言う「診療所の中で、この診察(放射線科)はスムーズにいっていない。何故なら、今まであった2つの超音波機器(2つとも中古の外国からの寄付)、その一つは故障で使用不能。修理をするためには、外国製品のため、5000ドルもかかり、それを払うことは無理。…もう一つ、使用しているのは、古いもので、そのコードは保証されていない…」

コスマ区で病人訪問中
コスマ区で病人訪問中






『アフリカ』

チャド コート・ジュボアール





『初めての恐怖体験″を』

〜チャド〜
ショファイユの幼きイエズス修道会 松山浩子
…私は小さい頃から危険な遊びが大好き…修道院に入会する曙から、チャドで骨を埋める覚悟で、修道、宣教生活を捧げてきました。
…チャドに来て初めて恐怖を知りました。20歳で運転免許を取り、ドライブするのも最高に好きでしたが、ここでは毎日がサファリ・ラリーで、今は最悪で雨期の最後、道が河、泥、他になり、…帰って来るシスター方を迎えるために、二百km以上運転しなければなりません。コミュノテにただ一台の、日本にトヨタのトラックで、4WDでも沼地に入り込むと出られず、約2時間かけて、15〜16人の、チャドの達しい男の人に、脇のあぜ道に車を動かしてもらい、やっと通れる。いろいろな道なき道を走り、時々は木の切り株でタイヤがパンクして、夜、懐中電灯を頼りに、泥まみれになってパンクの修理をする。蚊、ヘビ、サソリなどが、自然の中には溢れています。
日本に比べて、最高に良い所は、自然百%の食物、果物が頂けることです。ときどき、スープ、ごはんの中に、石や虫が入っていますが、慣れると何でも美味しく…私には最高でしたが、10月末頃日本に帰り、すぐに幼稚園で働きます。数カ月間働き、東京で、モンテッソーリ養成コースを受けて、再度、チャドの宣教師として日本で力を蓄えたいと思います。






『3年目を迎えた、女子自立援助教育』

〜コート・ディボアール〜
クリスト・ロア宣教修道女会 勝一美
…4年前に派遣されたコート・ディボアール共和国のズグブ村について…ご紹介しましょう。
 ズグブ村の人口は五、〇〇〇人。その90%がコーヒー、カカオの、プランテーション労働者で、人口の80%が非識字者と云われています。なかでも女子は、教育を受けるチャンスは極くまれで、労働力、子どもを生む道具と考えられており、女性への人権、尊重は皆無のようです。宗教は、一夫多妻のイスラム教徒が国民の30%を占め、カトリック20%で、国民の半数以上は、アミニスト。
 クリスト・ロア宣教修道女会は、4年前から、此処で医療、女子の自立援助教育及び識字教育を通して、地域の福音化に協力しています。医療面では、病気を治療するほかに、村の人々を対象に医療講座を開いて、病気予防や救急処置の仕方を啓蒙しています。また、郡内に小学校しかなく、親の知的無関心、経済的な理由で、初等教育さえも受けられない子女も多数で、彼女たちを対象に始めた、「社会教育学級」では、識字教育をはじめ、裁縫、手芸、育児、保健衛生を教えています。夜間部では…コーヒー、カカオ農場の小作人として働いている青年、おじさん、おじいさんまでもが、一日の畑仕事を終えてから、読み書きの習得に来られます。
…女子の自立援助教育も3年目を迎え、日本大使館やN・G・0の援助で、女子の自立援助教育センターの建設が完成し、少しつづ、設備が整って来ています。95年度(95年10月〜96年7月)は、昼間の教室に、1、2年生、80名の申し込みがあり、学歴と年齢を考慮して4クラスに分けて、4人の教師(3名はシスター、1名は婦人生活向上省から派遣された教師)で指導に当っています。
…来年度は、3年間の養成教育を実施するため、あと2クラス増やし、教師も2名必要となります。国の婦人向上省から教師が派遣されますが、その条件として、センターで住居を保証しなければ、許可されません。それで住宅を少しつづ準備中ですが、今年度には間に合いませんので、他の教師を頼まなければなりません。






『カリスマ、聖霊のくださる特別の贈物』

新潟教区司教 佐藤敬一
 わたしはフランシスコ会のことしか知りませんから、フランシスコ会の「内輪の争い」のことから書かせていただきます。
 フランシスコが創ったのは一つの修道会でした。しかし今は、カプチン会、コンヴェンツアル・フランシスコ会、わたしたちのフランシスコ会の三つに分かれています。分裂したのです。実はこの外にも何度も分裂がありました。よく三つまとめることができたと思うぐらい何度も。「どこが本家か」、よく冗談に聞かれますが、あまり嬉しい質問ではありません。なぜかというと、フランシスコ会の分裂はいつも清貧の争いから始まるからなのです。清貧はフランシスコ会の看板でしょう。しかしこれも、最近は楽しく聞き流せるようになhソました。
 清貧の争いは、安楽を求める者が起こす争いではありません。
 いつも清貧を生きたい者、誰からも邪魔されずに徹底して清貧を生きたい者の引き起こす争いでした。人間の本性を知る者にとって、こういう争いほど驚くべきものは少ないでしょう。この世では誰もがお金や財産をめぐって争います。修道者になっても本性は変わりません。一度手に入れたものは決して手放したくない、これが人間です。修道生活は周囲にも影響されて、いつの間にか安楽で快適な生き方に流されます。こういう中で、徹底して清貧を生きるために共同体と争い、共同体が聞いてくれないときには教皇に訴える。最高権威からの認可と保証を得るまでは、どうしても安心できない修道者が繰り返し現れたのです。共同体の刷新は彼らから始まりました。分裂はしました、しかし共同体は刷新されていったのです。
 これこそカリスマだと思います。第二ヴァチカン公会議はカリスマを、「教会の刷新、発展のために神様が注がれる特別の賜物」と定義しました。
 この度の南米旅行で、日本での要職を勤め上げ、第二の仕事として海外宣教を選んだシスターたちに何人も会いました。第二の仕事として、前よりも重い苦労を引き受けた人たちです。恥ずかしいことですが、わたしは管区長の任期を終えたとき、「これからは、のんびりしなければ損だ」と思いました。今も定年が待ち遠しいのですから、この思いは変わりません。でもこれが普通の人間でしょう。この春まで長く新潟教区で働いてくれたシスターも宣教師としてブラジルに渡りました。寒いところは懲りたから、今度は暖かいアマゾンに行くのではないのです。今から外国語を覚えるのは大変です。食べ物も違う。習慣も気候も違う。どうしてそんな苦労を自分から選び取るのでしょう。本人は当たり前のことと思っているようですが。
 わたしたちは聖霊のお働きにもっと敏感にならなければなりません。
 教会の刷新、発展のため、聖霊が注いでくださる特別の賜物・カリスマの働きに−。