マリアの宣教者フランシスコ修道会 日本管区

エチオピア

ブシュローの日々を振り返って
アメリカ人のSr.ロジー・ブルックスは看護師としてエチオピアのブシュロー保健センターで18年働いてきましたが、今回養成の仕事のためにケニアのナイロビに派遣されることになりました。

ケニアへの出発を前にして、私はエチオピアでの18年間の宣教の日々を振り返ってみました。

1992年、終生誓願後すぐにブシュローに到着したとき、私は高い理想に燃え、こんな宣教者になりたいという大きな夢を抱いていました。しかし、実際に生活を始めると戸惑うことばかりでした。
エチオピアの文化では、「かかわり」が何よりも大切にされています。そして、それはアメリカ文化に慣れ親しんでいた私にとっては、驚きの連続でした。例えば、職場での朝の挨拶。最初、私には時間の浪費で、仕事の流れを止めてしまうようにも思われ、いらいらしていましたが、時間がたつにつれて、エチオピア人にとっては、私たちが朝食をとるのと同じように当たり前で、なくてはならないことなのだとわかってきました。また、エチオピアの人々は、かかわりを損なうと思われるような感情を、決して表現しません。時には正直であることよりも、他の人々との良い関係を保ち続けることを優先するということは、初めのころは、私には受け入れられないことでした。

しかし、時がたつにつれて、私の理想に燃えた宣教への思いは、人々とのかかわりの中で、よりシンプルで自由なものに変えられ、大切にすべきものが少しずつ見えてきたように思われます。 イエスがペトロに「あなたは、わたしを愛するか?」とお聞きになったように、今イエスが私に「わたしを愛してきたか?」とお尋ねになっているようです。「愛」こそが、福音的生活のかなめ石です。聖パウロは、1コリント13:1-13で「・・・信仰と、希望と、愛、この3つはいつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」と述べています。
振り返ると、自分の足らなかったところがたくさん見えてきます。看護師長として必要な指導力も十分とは言えませんし、この地域のアムハラ語やシダモ語もあまり上達しませんでした。また、宣教に伴う苦しみを寛大に受け入れたとは言えないかもしれません。しかし、一生懸命に「愛そう」としてきたことは事実です。職場や近隣の人々とのかかわりがそれほど多かったわけではありませんが、一つ一つのかかわりを大切にし、周りの人々を愛してきました。

私はここで何を人々に伝え、何を残したのでしょうか?それは、周りの人々に聞かなくてはならないでしょう。センターでの看護の奉仕と言う人もいます。確かに一人一人を大切にして、心をこめて果たしました。また自分のありのままの姿を受けいれてくれたことと言う人もいます。これはお互いのことで私もそうしていただきました。ありのままのその人を受け入れようとしていましたが、十分にできたとは言えません。しかし、私に言えることは、この18年間、私は出会う人々の「姉妹」「母」ときには「祖母」として彼らを愛してきたということです。そして私はそれで満足しています。

今、喜びと平和、そして感謝に満ちた心で、ブシュローに、エチオピアに、そして出会ったすべての人々に別れを告げますが、ここで過ごした日々を忘れることはないでしょう。

Rosie Brooks,