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2004年3月号No.367  2004.3.20

1 新司祭誕生のお祝い 加藤 豊神父
2 初めて叙階式に参加して 竹内 秀弥
3 木村 正哉さんを惜しんで 井上 信一
4 調布教会との親睦試合 柴田 悟

新司祭誕生のお祝い
                             加藤 豊神父
 先日3月7日(日)カテドラルで行われた叙階式において二人の司祭が誕生しました。この日は、わたしたちの共同体にとって司牧評議会の日でしたが、復活祭を前に確認 しておくべき大切な事柄についての話し合いも皆さんのご協力で素早く決議され、その後わたしは車を飛ばして(否、安全運転で)カテドラルに向かい、午後2時からの叙階式で共同司式することができました。この日の司牧に出席された皆さんに感謝します。
 この度司祭に叙階された二人のうち一人は教区司祭で、一人は修道司祭。二人とも神学生時代からのわたしの知り合いです。心からお祝いを申し上げます。
 ここで皆さんへの紹介も兼ねつつ、先ず、わたしたち東京教区の司祭団の一員となった使徒ヨハネ林正人神父様におめでとうをいいたいと思います。林神父様の実家は国立市、趣味は音楽、ギターを弾き、子供好きで、お年寄りに親切な、どちらかといえば物静かな青年。ユーモアのセンスがあり、同時に三島由紀夫作品を愛する文学青年でもあります。残念ながら叙階式の際に赴任先の発表がありませんでしたから、今年度、林神父様がどこの教会で、あるいはどこの宣教協力体で司祭生活をスタートさせるのか、現時点ではわたしにもわかりません(わたしのもとに大司教様から移動に関する連絡がなかったところをみると、多摩教会でも多摩東協力体でもないことは確かです)。
 次に、コンヴェンツァール聖フランシスコ会の兄弟、洗礼者ヨハネ山口雅稔神父様におめでとうをいいたいと思います。山口神父様の出身は群馬県、純粋で明るい青年。林神父様と同じく音楽好きで、ドラムをたたきます。普段の姿とドラムをたたいている時の姿とは随分と印象が違います。わたしとしては少なくとも一度、多摩教会のミサにお招きしたく、そうなるようにと願っています。何しろ多摩教会の守護聖人はコルベ神父様なのですから(山口神父様!ぜひ多摩教会で初ミサを!)。その山口神父様の赴任先もまた叙階式では発表されませんでした(気になるところでありますが、コンヴェンツァールの管区長様からわたしのもとに連絡がなかったところをみると、多摩教会でも多摩東協力体でもないことは確かです)。
 林神父様、山口神父様、本当におめでとうございます。そして多摩教会の皆さん、多摩東協力体の皆さん、4月(復活祭)以降もよろしくお願いします。司祭4年目の加藤でした。

初めて叙階式に参列して

                             竹内 秀弥
 3月7日の主日のミサの後、とても急な話で、司牧評議会のあとに、神父様、岩藤委員長と一緒に2時から始まるカテドラルでの叙階式に参列することになりました。この何日か前に、「私はまだ叙階式を見たことが無い」と、神父様にお話したことを憶えておられて、このような事になったようです。
 大聖堂内は、お二人の新司祭(東京教区とコンベンツアル修道会)誕生ということで大勢の参列者が来られ、最後部には何列もの立っておられる方々も出来たほどでした。定刻、十字架を先頭に80人前後の司祭団、最後に大司教が入堂されて、たいへん荘厳な雰囲気の中で式は始まりました。
 叙階の儀に入り、「この兄弟を、司祭団に加えることにします。」との司教の言葉に続き、参列者一同が「神に感謝」と唱えた後、あの広い会場一杯に大きな拍手が起こりました。
 こちらも思わず熱くなってしまいました。聖霊の続唱(聖霊来てください)のあと、新司祭二人が司祭団と「主の平和」の挨拶を交わした直後、祭壇の中央でしつかりと抱擁されたのです。このときは前にも増して大きくて長い拍手が起きて、私自身も興奮してしまいました。このことは、私の一生の記憶に残る出来ごとになりました。
 閉祭の儀の中で、コンベンツアル修道会管区長の挨拶があり「新司祭が司祭の務めを全とうすることが出来るよう、特に初めの5年間、皆様お祈りください」と言われました。私たちの主任司祭のために我々も、もっと祈らねばと思いました。



木村 正哉さんを惜しんで
                            井上 信一
 今月の2日の夜遅く、木村さんが御父のもとに召されました。多摩教会には長くおられた方ですが、静かなお人柄と、主に土曜日のミサに与られていたので、お顔とお名前が結びつかない方も多かったと思います。
 昨年の11月に永山病院に入院され、手術を受けられたことを伝え聞き、お見舞いに伺いました。顔色も良いように思え、ご本人も手術のタイミングが良かったので、もうすぐ退院しますと言われていました。しかし、それはご本人の言葉であり、それを本当のことと信じた小生も浅はかでした。その時すでに状況は深刻だったのですね。その後、お会いすることもなく、訃報に接して、ただ驚くばかりです。
 2000年に聖堂が完成したとき、少ない予算の中から建設会社が捻出してくれた金額で、聖堂の周りに植木を植えることになりました。聖堂引き渡しの日、植木屋さんが来られて、草木の名前からその手入れ方法までを詳しく教えてくれました。そして植物が根付くまでは毎日水をやる必要があること、特にソテツなど一部の植物は日が昇る前か、日没後でないと水をやってはならないという注釈までつけられました。その理由は長くなるので割愛しますが。
 これは当面大変だと皆で悩んでいたとき、朝はどんなに早くても構わないから、私が水やりをしましょうと、当時の宮下師に申し出られたのが、木村さんでした。それ以来、その年の秋までは、毎朝ホースを使って、たっぷり水を草木にやり、今のような植木に育てて下さったのが木村さんです。
 草木の手入れだけでなく、毎朝聖堂を開けること、それに毎週末に聖堂の入り口から、その周辺、さらには駐車場まで、清掃とモップ掛けを季節を問わず、欠かさずやっておられました。もちろん、奉仕として黙々とやっておられましたので、感謝の言葉を掛けても、微笑むだけで、何も言われませんでした。そのような奉仕も身体の不調で続けられなくなったことを知り、本当にこれまでのご苦労に感謝していたのですが。本当に昨年の夏までお元気に見えた木村さんが、もうおられないのです。一緒に車を運転して荷物を運んだり、人を送ったりしたのは、つい先程だったような気がします。
 昔からキリスト教を良く勉強されていて、そのメモを色々と見せていただいたこともありますが、今はその良く勉強されたことをご自分の目と心で十分納得されていることと思います。木村さん本当に有り難うございました。そして、奥様をはじめ、ご遺族の皆様に私たちの感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。


調布教会との親睦試合 
                            柴田 悟
                                     
 3月13日(土)調布教会で、サッカーの親睦試合をいたしました。試合結果は惨憺たるものでしたが、参加者はそれなりに試合を楽しんでいたかと思います。敗因は敵地であったこと、狭くて慣れないグランドであったこと、年齢差がかなりあったことなどがあげられます。以前テレビで、イタリア・フィレンツェのサンタクローチェ教会の広場で、サッカーの原型の試合を見たことがありました。結果より参加者が、熱中して楽しんでいた事を思い出しました。サッヵーは試合に参加しなければ面白くないのです。次は4月に多摩主催で、親善試合をする事になりました。今度こそは、負けないと懲りずに頑張るそうです。アテネ五輪のサッカー最終予選のように、サッカーの試合はやってみないと、どうなるか判りません。練習するより試合をやったほうが、すぐには強くなれませんが楽しいものです。親善試合に15人も参加していただき、応援も同人数くらいおりました。これからの前途を期待されているようでもあります。
 欲をいえば、若い人がもっと多く参加される様お願いしたい。20代とまでは言いませんが、参加してほしいと思います。多摩教会は、新しい教会ですが、毎年歳をとっていく教会かもしれません。若い人たちが集まってくる、魅力ある教会にしていかなければならないのかもしれません。最後になりましたが試合に出掛けるにあたって、加藤神父様よりお祈りと祝福を頂いたことに感謝いたします。またシルバーの会の方々の応援ありがとうございました。

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